環境照射化学研究室

研究内容

具体的なテーマ

ラマン分光法による疾患関連分子の定量法の開発

1. ラマン分光法とは?

分子にレーザーのような強い光を当てると光が散乱します。その散乱光には二つの種類の散乱があり,入射光と同じエネルギーの光が散乱するレイリー散乱と,それより低エネルギーの散乱光を示すラマン散乱です。

これをエネルギー図で見ると次のようになります。

このようにラマン散乱はちょうど分子の振動エネルギー分小さいエネルギーが散乱されます。このエネルギーを調べると分子の種類や形に関する情報が得られます。

ラマン分光法の利点は、次のようなものがあります。

  1. 分子の散乱現象を利用するため,どんな分子・相にも適応可能である。
  2. 水のピークが大きく現れないため,水溶液でも利用可能である。
  3. 励起光にレーザーを用いるため,高分解能である。

そのため,分子の構造や定性分析によく用いられてきましたが,散乱現象を利用するため入射光の強度にラマン強度が依存するので,定量分析にはあまり用いられて来ませんでした。

2.ラマン分光法を使って定量するには

入射光の強度を補正するために,基準物質に対する試料のラマン強度比を求めることでレーザーパワーの変動を補正しました。 レーザー強度が変わっても,ラマン強度比は一定になりました。
(右図)

この方法を使って,種々の分子の定量分析を行いました。

3. ラマン分光法を用いた定量分析法
3-1 タマネギの皮に含まれている有用成分ケルセチンの定量

タマネギにはケルセチンという有用成分が含まれています。(右図)

この分子は主に捨てられてしまうタマネギの皮に多く含まれています。そのタマネギの皮を種々のアルコールでケルセチンを抽出して,ラマン分光法で定量しました。タマネギ皮を抽出した試料のラマンスペクトルを示します。

600cm-1に現れているピークがケルセチンによるものです。基準物質に対するケルセチンのラマン強度比から定量したところ,HPLCの結果と一致したので,この方法が定量分析に利用できることがわかりました。(Numata, Tanaka, Quantitative analysis of quercetin using Raman spectroscopy, Food Chemistry, 126 (2011) 751-755.

3-2 ビタミンCの定量分析

ビタミンCでも実験を行いました。ビタミンCは還元型と酸化型の二つの分子構造があります。

これら分子は同時定量することがなかなか困難です。そこでラマン分光法で一度に定量することにしました。ラマンスペクトルを測定すると次のようなスペクトルが得られます。

還元型の1687 cm-1, 酸化型の1793 cm-1のピークを用いて定量分析を行っています。

3-3 ラマン分光法によるアミノ酸の定量分析

種々の必須アミノ酸のラマンスペクトルを測定して,ラマン強度比が濃度に比例することを明らかにしました。図 2に代表的なアミノ酸であるグリシンのラマンスペクトルを示します。900 cm-1のピークを用いて,濃度に対するラマン強度比をプロットすると濃度に対して直線関係が得られました。他のアミノ酸(アラニン,アスパラギン酸、グルタミン酸、フェニルアラニンおよびトリプトファンについても,検量線は直線となり,この検量線からラマン強度比を測定すれば定量できます(図3)。Numata, Otsuka, Yamagishi, Tanaka, Analytical Letters, 50, (2017), 651-662.

3-4 不飽和脂肪酸の定量

トランス脂肪酸は成人病の原因となる物質と言われており,2023年までに全廃することが勧告されています。今回,トランス脂肪酸であるエライジン酸とシス体であるオレイン酸の同時定量をラマンスペクトルで行ないました。図4に種々の濃度のオレイン酸とエライジン酸の混合溶液のラマンスペクトルを示す。このスペクトルをPLS回帰で解析したところ,図 5のように良いモデルを構築でき,このモデルを使うことにより簡単に定量できることを示しました。(科研費16K07754

4. Raman分光法を用いたその他の研究
4-1 表面増強ラマンによる低濃度試料の測定

Raman分光法は感度が良くないのが欠点です。そこで,我々は表面増強ラマン(Surface Enhancement Raman Scattering: SERS)を用いて,低濃度試料の振動スペクトルを得ています。SERSは金属コロイドのプラズモン効果によりラマン散乱が増強される現象です。その原理を次に示します。

このSERS効果はNaCl aq.のような塩を加えることによりもっと強度が大きくなるという報告があります。(Ariana Farga?ova, Robert Prucek et al. The Royal Society of Chemistry Advances, 5, 9737-9744, (2015).)そのスペクトルを次に示します。

10-5 mol/Lのピリジン水溶液でも明瞭にピークが現れているのがわかります。この方法でビピリジンでは10-11 mol/Lまでピークが観測できました。

4-2 ラマンスペクトルにおけるがんと通常細胞の違い

がんは 通常の細胞から発生した増殖を制御できない異常な細胞です。そこで,通常細胞と異常細胞の間で,どのような構造変化が起こるかをラマンスペクトルで調べることにしました。この情報はがんの早期発見や治療に大いに役に立つと考えられます。

一例として脳腫瘍と通常組織のラマンスペクトルを示します。一見すると,これら二つのスペクトルの差はあまりないように見えます。そこで,たくさんの数のスペクトルを測定し,多変量解析によって解析することにより,がん組織に特有のピークを検出することができました。

がんの研究 [動画]

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日本大学工学部 日本大学工学部生命応用化学科